小説を書く基礎7「写真から想像した感情的な場面を描写する方法」を実践してみた

小説を書こうとする時、難しく感じるものの一つは、登場人物の感情を描写することではないでしょうか?

感情を表す言葉(形容詞)は豊富にあります。小説において、形容詞で感情表現を済ませて良いでしょうか?

  • 「母親が亡くなって悲しかった」
  • 「いい仕事につけて嬉しかった」
  • 「親友に騙されて悔しかった」
  • 「不甲斐なくて情けなかった」

「意味」としての感情は伝わりますが、「感動」は伝わりません。

難しい感情の描写を、写真を使って鍛える簡単な方法があります。

嬉しい、悔しい、情けない、という感情を「意味」する形容詞を使わずに、感情の「感動」が伝わるような描写をする練習の実践は、写真を使えば手軽にできます。

写真から想像した感情的な場面を描写する方法を実践してみた

写真から想像した感情的な場面を描写する方法を実践してみた

感情の場面を想像する素材として、一枚の写真を用意しました。涙を流している男の写真です。

悲しい感情の場面:

悲しい感情の場面:

「親不孝」という言葉がトムの心に響いていた。

教会の前で葬儀を待つ参列者の横を通る時、聞こえたささやき声の中の言葉。

トムは祭壇の前の席に座って、目の前の母親の棺を見つめている。

「親不孝」

トムの目に涙が溢れた。

「お母さん、ごめんなさい」

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母親が亡くなったという知らせを聞いた時、トムは酒場で酔いつぶれていた。

やっと見つけて働いていた職場をクビになり、むしゃくしゃした気持ちを酒で紛らわそうとした。

家を出る時母親がトムに声をかけた。

「トム、どうかしたの?」

トムは仕事をクビになったことを話せなかった。

「何でもないよ」

「どこへ行くの?こんな時間に?」

「ちょっと友達のところに行ってくるよ」

トムは母親に答えるのが面倒になった。

「仕事はうまく行ってるの?」

出かける時に、そんなことを訊くことないだろ、とトムは腹がたった。

「うるさいよ、いちいち」

そう言うとトムは音を立ててドアを締めた。

ドアの向こうで母親がどんな顔をしているかトムは想像できた。

トムもこんな自分が嫌いだった。でも、晴れない気持ちの方が今は勝っていた。

「酒でも飲んで、嫌なことを忘れたい」

トムは、肌寒い夜更けの街へ足早に向かった。

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トムの母親は心臓が弱かった。

出ていったトムの様子が変だと感じた母親は、直ぐにトムの後を追おうと外に出た。

温かい家の中から急に冷たい外に出た母親は、突然苦しくなった胸を抑えながらドアの外に倒れ込んだ。

冷たい空気が母親の身体を包み込んだ。

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母親は離婚してからトムを一人で育てた。

掃除婦やウエイトレスなど、安い賃金の仕事をいくつも掛け持ちしながらトムを育てた。

母親は、トムには立派な大人になって欲しかった。

お酒ばかり飲んで暴力を振るう夫のような人間には絶対になって欲しくなかった。

そういう父親のことを、トムは子供の時から何度も聞かされていた。

酒臭い息をしながら、トムが家に帰った時、近所の人たちが集まっていた。

家の中に入ると、母親はベッドの上に横たわっていた。

隣のおじさんがトムに声をかけた。

「お母さんが外で倒れていたんだ。見つけた時には、もう冷たくなっていたんだよ。救急車も呼んだけど、無駄だった」

トムは夢を見ているようで、目の前で起きていることが信じられなかった。

ベッドの中の母親は、眠っているようにしか見えなかった。

「お母さん、ごめんなさい」

嬉しい感情の場面:

嬉しい感情の場面:

「もう苦労しなくていいんだよ」

トムは泣いた。母親も両手で顔を覆って泣いている。

司法研修所を出たトムはこの日、大手弁護士事務所の採用が決まった。

母子家庭の貧しい生活の中で、朝から晩まで働き詰めで育ててくれた母親を、一日も早く楽にさせたいと努力したトム。

二人の脳裏には、ここに来るまでのことが浮かんでいた。

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毎晩のようにお酒を飲むと、妻と息子に暴力を振るう夫。

そんな夫でも離婚していなくなった後は、生活が一段と苦しくなった。

離婚前からスーパーのパートで働いていた母親は、早朝や深夜に仕事を増やして生活を支えた。

父親と別れ、忙しい母親との時間を奪われたトムは、同じような境遇の子供たちとつきあい始めた。

万引きで捕まった時、警察に呼び出された母親は、ビルの清掃の服装のまま慌ててトムを引き取りに来た。

車を盗んで逮捕された時、母親はスーパーの制服で、トムの乗ったパトカーの後を追いかけた。

街のギャングの仲間に入りかけた時、道路工事の警備員の服装のまま、途中で買ったナイフを持って乗り込んで来た母親。

退学になった高校に、仕事を休んで、何度も頭を下げて復学を願い出た母親。

「もう高校なんか行きたくないから、頼みに行くな!」

トムにそう言われても、母親は復学を頼みにでかけて行った。

母親はトムを信じて諦めなかった。トムが諦めても、母親は諦めなかった。

半年かかって、とうとう母親は高校に復学を認めてもらった。

その間、トムは母親のしていることがみっともなく、恥ずかしく思っていた。

「一度退学になったものが復学なんかできるもんか」

復学を認める書類を抱えて、息を切らせて帰って来た時の母親の顔を、トムは忘れられない。

それからトムは変わった。

悪い友達からの誘いを全て断って、勉強に打ち込むようになった。

自分も母親の仕事を手伝いながら、学費を稼いで大学にも合格できた。

母親が雇い主から賃金をごまかされるのを度々聞かされていたトムは、法律を勉強して母親を守ってやろうと決心した。

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トムは痩せて細くなった母親の身体を抱きしめた。

「お母さん、今までありがとう」

トムの言葉に、母親は小さくうなずいた。

悔しい感情の場面:

トムは夕方のニュースを見ていて驚いた。

トムが書いた小説とそっくりの題名の小説が、有名な文芸賞に選ばれていたからだ。

選ばれた作品の作者の名前を聞くと、トムは更に驚いた。

トムの親友のペンネームだったからだ。

トムは直ぐに思った。親友が自分の小説を盗んだのかもしれないと。

「まさか……」

トムは馴染みの編集者に、受賞作品の内容を確認した。思った通り、トムの書いた小説の内容とそっくりだった。

トムは小説仲間でもある親友に、いつも自分の作品の批評を訊いていた。

盗まれたと思われる小説は3年前に書いた作品で、親友の評価は良くなかった。

トムも発表するには物足りない部分もあったので、そのまま眠らせたままにしてあった。

翌日、トムは親友に電話をかけた。しかし、何度かけても親友は電話に出なかった。

トムは親友の仕事場のマンションを訪ねた。そこには誰もいなかった。

それから2日経って、親友の方からトムに電話がかかってきた。

「トム、怒ってるだろ?」

親友の声は開き直っているようにトムには聞こえた。

「どうして……」

トムは胸の奥にこみ上げてくるものを感じて言葉に詰まった。

「済まない、トム。僕はこの頃小説が書けなくなっていて、つい、君の作品に手を出してしまって、そしたら、こんなことに……」

「そんな……」

トムは親友を責められなかった。トムも、無名の頃、小説が書けなくなって、親友の励ましに助けられたことがあるからだ。

それに、あの作品にトムは絶対の自信はなかった。何かが足りないと思ったから没にしたのだった。

「あのまま出したのか?」

トムは冷静に戻って親友に問いかけた。

「少し手を加えたよ。僕がこうしたらもっと良くなると思ったものを付け加えたんだ」

「そうか……」

トムは電話を切った。トムの目から涙が流れた。

あの文芸賞はトムが憧れていたものの一つだった。

トムは親友を許すことにした。しかし、トムの目からは涙が流れ続けた。

情けない感情の場面:

情けない感情の場面:

トムは飲みかけのウイスキーのボトルを床に叩きつけた。

母親の再婚を祝うために集まっていた友人たちの前で、酔っ払ったトムは悪態をついた。

「ふん、馬鹿にしやがって。そうだよ、俺は酔っ払いだよ。アル中の親父の息子だよ。文句あるのかよ」

テーブルの中央に座っていた母親は、直ぐに立ってトムのところに飛んできた。

「トム、お願い、聞いて。みんなお母さんの再婚を祝って来てくれたの。仲良くしましょ」

トムは母親の手を払った。

「何が再婚だよ。クソ喰らえだ!」

「なんだと!」

再婚相手の男が声を荒らげた。

「もう一度言ってみろ!」

再婚相手はトムの胸ぐらをつかんだ。

「ああ、何度でも言ってやるよ。お前なんかクソ喰らえだよ」

トムはふらつく足を踏ん張りながら、再婚相手に向かって言い放った。

再婚相手はトムを殴りつけた。床に倒れたトムの口の端から血が流れていた。

母親は倒れたトムを抱きながら叫んだ。

「みんな悪いけど、今日はもう帰ってちょうだい。お願い」

再婚相手の男は、母親の背に手をかけた。

「ごめんなさい。あなたも今日は帰って」

母親はトムを抱きしめて泣いた。

「トム、御免なさい。お母さんが悪いの。許して、トム」

トムは母親に抱かれながら、流れ出る涙を抑えられなかった。

酒浸りで家族に乱暴する夫と離婚して、トムを一人で育ててくれた母親。

母親がやっと幸せをつかもうとしているのに、自分は酒に溺れてしまっている。

母親が一番嫌っている酔っ払いに、自分は成り下がってしまっている。

母親の幸せを素直に喜べない自分を、トムも嫌いだった。

しかし、母親の再婚はトムのお酒の量を増やした。

トムの目から流れる涙は止まらなかった。

写真から想像した感情的な場面を描写する方法を実践してみた感想

  • 登場人物の感情のツボは、想像する私のツボであることを再確認した。
  • 感情を表す形容詞は便利だから使われる。便利な言葉からは感動が失われていくのかと思った。
  • 「悲しい」「嬉しい」「悔しい」「情けない」という一言の形容詞に代わる感動を伝えるには、かなりの長さの場面が必要だと感じた。

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