物語の登場人物を考えるのは難しい作業のように思いませんか?
登場人物を考える想像力を養うのに、写真を使う方法があります。写真の中の人物のプロフィールを想像してみるのは楽しい方法です。
外国や簡単には行くことができない場所、遭遇するのが難しい状況。写真ならそれらを手に入れることができます。
写真に写る見知らぬ人物の現在と過去、性格、考え方、家族、家、仕事などを想像するのを実践してみると、物語の主人公だけでなく、主人公の周りの世界も想像することができました。
写真から登場人物のプロフィールを想像する方法を実践してみた
男の現在
真新しいギターを弾くスミスの手の動きはまだぎこちない。
ひと月前の61歳の誕生日に、妻のカレンからプレゼントされたギターは決して高価なものではなかった。
スミスが練習しているのは、カレンの好きなアレサ・フランクリンの『Respect』という曲だ。
今でも近くのドライブインでウエイトレスをしているカレンが、夕食の支度をする時などに小さな声で口ずさんでいた。
長い間不在だったスミスが、家に戻ったのはまだ半年前のことだ。
突然訪ねてきたスミスを見た時、カレンは誰だか一瞬わからなかった。
それほどスミスの風貌は変わってしまっていた。
情熱に燃えていた目の光はもうなかった。誰にも屈しない口元の力強さは消えてしまっている。
スミスはカレンがまだ独身のままでいたことに驚いていた。
やつれたスミスの頬が少し緩んだのを見て、カレンはスミスの肩を抱いた。
「お帰りなさい」
カレンはスミスに何もきこうとはしなかった。疲れ果てた姿を見れば、どんなふうに過ごして来たのかわかったからだ。
「すまなかった」
家に帰ったスミスは何もしようとしなかった。家を出てからのことも話そうとしない。
スミスは一日中ソファーに座ったまま、ぼんやりテレビを見ているだけだった。
カレンはそんなスミスの様子を見て、なんとかしてあげたいと思った。
若い頃、スミスがギターを弾いてくれたことをカレンは思い出した。
スミスの誕生日の前日、仕事の帰りにカレンはギターを買って帰った。
スミスの誕生日はちょうど日曜だった。朝から気持ち良い日差しが居間のカーテンを通して差し込んでいる。
スミスは朝食を済ますと、いつものように黙ってソファーに座っている。
「息抜きに散歩でもしてみない。いい天気よ」
スミスは黙ったまま首を横に振った。
カレンは部屋に戻って、ギターをケースから取り出し、居間に戻った。
スミスは無表情でテレビを見ている。
カレンはスミスの背後からギターを差し出した。
「またギターを弾いて聴かしてくれる?」
スミスは驚くこともなく、黙ったまま妻からギターを受け取った。
「もうギターは……」
スミスはそう言いながら、ギターを懐かしそうに触った。
男の過去
スミスが突然いなくなったのは、今から20年前のことだ。
自動車メーカーの工場で働いていたスミスは、労働組合の議長を任されていた。
日本車に押されて斜陽化し始めていたアメリカの自動車産業だったが、スミスの工場も閉鎖の噂が広がっていた。
組合の先頭に立って会社と連日交渉していたスミスは、結婚してまだ4年の家に帰れない日が続いていた。
カレンはスミスの身体を心配しながら、3歳になる一人息子のジミーと夫の帰りを待っていた。
何日も帰らない夫を心配したカレンはジミーを連れてスミスの工場を訪ねた。
その頃工場では交渉が決裂して、怒った組合員や労働者たちは工場に押しかけ騒然としていた。
労働組合議長のスミスは、興奮して暴れだそうとする組合員たちを必死になだめていたが、とうとう抑えることができなくなった。
津波のように押し寄せる人の波にスミスは押し倒された。
それを遠くから見ていたカレンは、ジミーを抱き寄せるとスミスの方へ近づこうとした。
その時、労働者の振り回した木の棒がジミーの頭に当たった。
泣き叫ぶジミーの頭から血が吹き出した。カレンはジミーを抱いたままひざまづいた。
倒されたスミスが、カレンとジミーに気づいて走り寄ってきた時には、すでにジミーは息をしていなかった。
「ジミー、ジミー!」
スミスは叫び続けた。カレンは天を仰いで泣き崩れた。
ーーーーーー
ジミーの葬儀が終わって、スミスは工場を辞めた。
夫婦の間に深い溝のようなわだかまりが生まれた。
組合活動に精を出してきた苦労が、かけがいのないものを失って虚しく終わったことに絶望したスミス。
愛する子供を失い、家庭より組合活動に夢中だった夫を責める心が消せない妻のカレン。
魂が抜けたようになったスミスは、それからしばらくして、黙って家を出た。
残されたカレンは失意に暮れていたが、次第に夫の気持ちも理解できるようになった。
「時間が経てば夫は必ず戻ってくる」
そう思いながら、カレンはスミスの帰りを一人で待ち続けた。
男の未来
スミスは一生懸命ギターを練習した。
迷惑をかけたカレンを喜ばせたかった。再婚もせずに待っていてくれたことに報いたかった。
しかし、スミスの指は思う通りに動いてくれなかった。
長い放浪の間に働いていた工事現場で痛めた指は、昔のように早くは動かなかった。
それでもスミスは毎日練習した。
クリスマスの近づいた日、昨夜から降り続いた雪は朝になっても止みそうになかった。
朝食の後片付けをしていたカレンは、窓から降り続ける雪を見ながらスミスに言った。
「止みそうにないわね」
スミスはソファーから振り向いて窓を見た。
「今日は仕事を休んだら……」
スミスは少しづつ会話をするようになっていたが、まだ語尾に済まなそうな気持ちを残していた。
「休みたいけど、駄目なの。今日は私がお店を開ける当番なの」
「そうか……」
カレンはせわしなく身支度を済ますと、スミスの前に来て声をかけた。
「どう、このコートおかしくない? 急な雪だから困っちゃうわ」
「おかしくないよ。休めればいいのに……」
「それじゃ行ってくるわ。シチューがストーブの上の鍋にあるから、お昼はそれを食べてね。それじゃ」
スミスはソファーを立って、窓のそばに行くと、雪の積もった歩道を歩きにくそうに行くカレンの後ろ姿を見送った。
こんな天気の日に、もう若くはない妻を働きに出すことを、スミスは申し訳なく思った。
スミスはソファーの横に置いてあるギターを手に取った。
ストーブをつけていても、部屋の中はかなり冷えていた。
スミスの指もいつもより動きが悪かった。スミスは両手の指に息を吹きけた。
「早く弾けるようにならないと」
カレンの誕生日は、クリスマスの3日後だった。
スミスはカレンの誕生日に妻の好きな曲を弾いて聴かせたかった。
窓の外はいつまでも雪が降り続いた。
仕事を早く終えたカレンは家路を急いだ。歩道は朝よりも滑りやすくなっていた。
やっと家が見えるところまで来たカレンは、家の中が灯りもなく暗くなったままなのに気がついた。
急いでドアを開け、部屋の中に入ったカレンは、ギターを抱えたままソファーにうずくまっているスミスの姿を見た。
冷たくなったスミスの膝の上には、アレサ・フランクリンの『Respect』の楽譜が広げられていた。
写真の中の人物のプロフィールを想像する方法を実践してみた感想
- 登場人物のことを思う内に、想像の世界の中で彼らが生きている感覚があった。
- 男の未来も想像しようとしたが、それこそ小説そのもので、構想を立てないと書けないような気がした。
- でも、構想なんか気にしないで、想像した未来をそのまま書けばいいのかな、と思いなおした。